いつか晴れたら

もう人生折り返してるのかも…そう思ったら自分の半生を綴りたくなりました。

自分のためではないという言い訳のもとに

ネットで調べてみたら、すれ違いざまにキモいと言われる人はまぁまぁいるようだ。しかも私のように長きにわたりその悩みに苛まれている人もちらほら。

 

言ってる方は何の気無しに心の声を漏らしているだけなんだろうが、言われた方は本当に傷つくのだ。それが朝の通勤途中だったらその日1日気分が悪い。

 

大体にして外で1人で歩いている時に何か言葉を発するというのもよく分からない。自分は家に一人でいても独り言を言わないので。1人で歩いていて、例えばめちゃくちゃかわいい人がいたとして、すれ違いざまに「かわいい」と言うのだろうか?大雨の中出かけなきゃ行けない時に、1人で「最悪だ〜」とか言うのだろうか?大抵の場合、人はそういうことを心の中に留めているんじゃないか。

 

キモいと言う人は相手に聞こえるように言うタイプとすれ違った直後に独り言のように言うタイプがいる。どっちみち聞こえてるから気分が悪いのは同じだが。

前者は少なからず相手への攻撃性が感じられる。キモい奴には攻撃してOKという考えなんだろうか。身の危険を感じないのかと思う。相手を間違えるとトラブルになりかねない。そう考えると、思ったことをポンポン口にしたり危険をかえりみず他人を中傷したりする軽率かつ愚かな人なのかなとも思える。

 

前置きが長くなったが、とにかく人目を避けるように生きることや避けきれなくて中傷されるのがほとほと嫌になってしまったというのに、私はわざわざしんどい思いをして働いてお給料を貰い、そのお金で食べ物を口にしてこの生命を維持している。なんということだろう。

 

毎朝早起きして前日の疲れを引きずりながらも仕事へ向かうというのにその道すがらキモいなどと言われたら、なんでこんな胸くそ悪い思いをしてまで生きながらえなきゃならないんだと思わずにはいられないのだ。

 

30年もの間キモいと言われ続けた私なりの答えは、シンプルである。「自殺ははた迷惑」ということ。人は、誰にも迷惑をかけずに死ぬことはできない。そして、家族にも苦しい思いはして欲しくないということ。

 

というわけで私は自分のためには生きていない。そう考えると幾分か気が楽になるのだ。